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1998年のこと

前年の春から毎月イベントを企画するなど、すっかりバンドマンになっていた私は、9月から自身のバンド(risette)を本格的に動かすようになり、トントン拍子でレコードを作る運びとなった。98年はそんなレコーディングに追われて幕を開けた。

無事に録音も終わり、7インチのアナログ盤を発売することが決まって、3月にレコ発ライブを企てる。対バンは同期のesrevnocとadvantage Lucy。どちらもメジャーデビューを控えて勢いに乗る女性ボーカルバンドだった。ホームグラウンドとしていた会場の新宿JAMは窒息するかと思うほどお客さんが溢れかえり、満を持してのデビューイベントとなるはずだった。
が、肝心のレコードの納期が間に合わないという事実を知ったのはイベントの1週間ほど前だ。急遽、未発表の曲を集めてカセットテープを作り会場で販売する、というなんとも間抜けなレコ発になってしまう。これがrisetteのデビューであった。

その後、アルバム制作に取り掛かるも、大学4年になっていた我々は就職活動で思うように活動ができなくなっていた。5月には遅ればせながらrisetteのレコードが発売する。吉祥寺のワルシャワや大阪のタイムボムではチャートにもひっそりと入っていたが、当時のインディーズブームからすれば特筆したものではなかった。同じく5月には参加していた先輩のバンドで初めてのCDアルバムを出す。私は発売の直前に脱退していたため、メンバーとしてのクレジットではなかったが、CDのパッケージを手にしたときにはレコードとは違った嬉しさがあった。

夏頃から最も長く続けていたもう一つのバンドのレコーディングに取り掛かることになる。当時メジャーに次々と送り込んでいる勢いのあったレーベルのプロデューサーに見初められて、チープな宅録から本格的なスタジオまであらゆる試みでアルバムのレコーディングをさせてもらった。が、結局これが世に出ることはなかった。まるで、CDバブルのピークを見透かしていたかのようにプロデューサーは業界から去っていったのだ。

秋に入って私は大学を4年で卒業することを断念した。メンバーには、卒業したらもうできないだろうから…と煽り、できる限りライブをやった。少しずつだがアルバムのレコーディングも進んでいった。99年の1月に行ったライブでは随分とお客さんも入るようになり、イベントの核になる存在になっていたと自負できるようになった。

この本は、そんな年にデビューした4人のことが書かれている本だった。水面下でジタバタしていた私からすると、ドメジャーの全く住む世界の違うような話だが、読んでみるとどれもこれも知人の知人くらいのレベルの身近な話ばかりであった。当時、意識して聴いていたわけでもないのに、曲やエピソードまで知っているものばかりだ。そう考えると98年というのは音楽が日常に侵食しきっていた特異な時代だったのだな、と改めて思うのだった。
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